カンボジアの悲劇 (キリング・フィールド、トゥールスレン博物館)




こんにちは、CBBメンバーの太田隆二です。
8月24日にキリング・フィールドS-21(トゥールスレン博物館)に行ってきました。これからそこで感じたことを少し話したいと思います。

キリング・フィールドはパッと見、野原が広々としていて綺麗だし、真ん中にある塔なんてかっこいい!と思いました。

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しかし、そのきれいな風景にはポルポト派の大虐殺という過去があります。野原をよく見るとくぼみがたくさんあります。これはすべて殺した死体を埋めていた跡です。

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さらにこの塔は、慰霊塔です。塔の中にはぎっしりと17段骸骨があふれていました。

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ところでそもそもポル・ポト派の大虐殺とは何でしょう?

この大虐殺はポルポト政権下で行われたものです。共産主義の理想である、階級・格差のない時代に戻そうという思想のもと知識人を殺しました。

それ自体ひどいことなのにその判定の仕方もひどいものです。
本を読んでいるから、腕時計をしているから、メガネをしているからという理由で知識人と判断して殺していたのです。
もうむちゃくちゃだと思います。彼らの過激な共産主義思想のために、このような悲劇が起こりました。
個人的には思想の自由というものに少し考えさせられました。

また殺し方もひどく、例えばこの木、

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この木のトゲに赤ちゃんの喉を掻っ切って殺すのです。

このようなひどい行為がこのキリング・フィールドではしょっちゅう行われていました。しかもキリング・フィールドは1つではありません。他にも100以上のキリング・フィールドがあります。

次にS−21についてです。

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ここは殺される場所(キリング・フィールド)に移動させられる前に犠牲者たちが収容される場所です。ここで収容された人々を拷問して、むりやり嘘の自白書を書かせました。S-21には、殺された人の写真もありました。頭から血が吹き出ていたり、泡を吹いていたり、目がカッと見開いていたり、アザだらけだったりしていました。
しかも空腹状態だったのでしょう、みな骨が浮き出ていました。あまりにひどかったので写真を撮れる空気ではありませんでした。

しかもここはもともと学校でした。黒板も残っています。

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教育を与える場であるはずの学校が苦痛を与える拷問部屋として使われていたという事実が、当時の異常さをより露わにしていると感じました。

展示の中にはポル・ポト派の人々の写真も幾つか有りました。
その内の1つの写真が僕の一番印象に残った展示物です。なぜかというと、ポル・ポト派の写真が誰かに削られていたからです。
この行為は、大虐殺に対する来場者の憎悪を明らかにしていると感じました。

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この行為をただの迷惑行為として扱うかどうかというのは、微妙な問題だと思いました。

最後にS-21の風景は、当時とは違い大きなビルが見えます。

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この風景は、カンボジアの人々が悲劇を乗り越え、希望を捨てず、今現在まで努力してきたことが目に見える光景だと思いました。

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