カンボジア農村ホームステイ体験記~子供の笑顔を守るために~




こんにちわ!法政大学法学部に通っています。星野彩乃です。

今回は私が農村で感じたことについて話させていただきたいと思います。

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農村に着いた初日、私が想像していた農村生活のイメージが一変した。

皆が貧しく、子供達は家の仕事を手伝わされ、自由のない毎日を送っていると思っていたが、実際は違っていた。

確かに貧しいのだが、私のホームステイ先は村の中では裕福な方で、家も大きくパソコンがあった。

近所の子供達が集まって一台のパソコンを囲み、皆でDVDを観ている光景は衝撃的だった。

また彼らは、いきなり知らない外国人が来たことに戸惑いもせず、きらきらした笑顔を私たちに向け走り寄ってきてくれた。

一緒にサッカーをしたり走り回ったりするだけで、言葉は通じなかったが、子供達との距離がすぐに縮まったように感じた。

その後、今回の初等教育プロジェクトに協力してくれる現地スタッフのチャンターを含めた現地の方々と打ち合わせをした。

自分たちのやりたいことを英語で正確に伝えることは難しかったが、

算数と社会の段取りの確認、べっこう飴の試作、ダンスの練習など、全ての教科が順調に進んでいたと思う。

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農村に着いて二日目、いよいよ私たちの初等教育プロジェクトが始まりを迎えた。

初日の授業は算数、社会、理科の三科目。

生徒は午前と午後それぞれ二十人前後で、想定していた人数よりかなり少なかった。

そして、生徒の中には制服を着ている子供と着ていない子供がいた。

生徒は当たり前に制服を着ているものだと思っていたが、制服は二十ドル程で、貧しい家庭では買うことができない。

さらに家庭訪問を行った際には、クラスで一番成績の良い子が制服を持っていないという現状を知った。

個人的に制服は勉強のモチベーションにも関わってくると思う。

そのため教育支援は学力だけでなく、学習環境を整えることにも重点を置いていかなければならないのだ。

そう考えているうちに、算数のテストから授業は始まった。

私たちは一つの教室で行おうと考えていたが、チャンターがカンニングを防ぐために二つの教室に分けてやろうと提案してくれた。

カンニングのことまで想定できなかったことは考えが甘かったと思う。

そして、テスト問題には生徒達にとって難しすぎるものがいくつかあった。

事前にもっとオフィスの学生やチャンター達と相談し慎重に作成すべきだったと思う。

だが、社会の授業は特に大きな問題なく進めることができた。

予定していた時間をかなりオーバーしてしまったが、

日本の紹介では、「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」「いただきます」の挨拶を生徒全員が大きな声で練習してくれた。

二日間の授業が終わった後でも覚えていてくれ、

私たちに向かって笑顔で「ありがとう」と言ってくれたことはとても嬉しく、一生忘れることができない。

ただ一つ心残りだったのは、私が中心となって考えていた理科のべっこう飴作りを生徒達と一緒に出来なかったことだ。

私たちスタッフだけで作り、帰宅する生徒に配るという形になってしまった。

生徒以外のたくさんの子供達が手伝ってくれたことは嬉しかったが、

やはり生徒達に飴の色が変化していく様子などを観察してもらう“理科実験”というものを体験してもらいたかった。

夏にまたできる機会があるならば、きちんと計画を立て、絶対に実行したいと思う。

 

二日目は算数と体育の授業だった。算数は一日目の反省を生かし、スムーズに進められたと思う。

体育では、生徒達と一緒に『恋するフォーチュンクッキー』を踊った。

生徒達を三グループに分け、私たちが指導者となり教えることになった。

日本人スタッフ全員がそろって練習することは農村に来てからが初めてだったが、

必死に練習して何とか形にした。

授業をしていて感じたことは、踊れることと教えられることはイコールではないということだ。

練習時間は短く、もちろん言葉は通じない。

さらに彼らにとっては聴いたことのない日本の曲であったため、教えるのが余計に難しかった。

そんな拙い教え方をしたにも関わらず、生徒達は笑顔で、また真剣に私たちの指導についてきてくれた。

閉会式のコンテストではそれぞれがお互いのチームを称え合いながら一生懸命に踊ってくれ、

その輝いた姿が今でも目に焼きついている。そうして私たちの二日間に渡る初等教育プロジェクトは幕を閉じた。

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プロジェクトはもちろんだが、農村ホームステイ全体を通して得たものは本当に多かった。

一つ思い知らされたことは、「全ての農民をひとくくりにすることは出来ない」ということだ。

彼らの格差の大きさは想像を超えていた。

家のつくりはもちろんだが、顕著にそれを感じることができたのは、子供達からだった。

例えば服装。毎日違う服を着て、綺麗に髪を束ねている子もいれば、何日も同じ服を着て、髪がボサボサの子もいた。

男女問わずそうだった。表情にも生活の様子が表れていた。

本当に貧困層の子供の目には輝きがないし、笑わない。

また、年齢より遥かに身体が小さい。衝撃だった。彼らを見ていることがとても辛かった。

私たちの支援を通して彼らを笑顔にしたいと感じた。

今回の経験を通して、改めて初等教育の重要さを思い知らされた。

子供達の思い描く未来は村の中で留まっており、彼らは村の外の世界を知らない。

彼らの持つ将来の選択肢は、私の想像より遥かに狭かったのだ。

私たちは初等教育支援を通して、彼らに広い世界を教え、そしてまた彼らの可能性を広げてあげることができるのではないか。

そのために教育という観点から、具体的にどのような支援ができるのか、考えていきたいと思う。

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