自分の言葉で伝えられる教師になるために。~2度の不合格を乗り越えて、私が1年間休学した理由~




こんにちは。皆様、いつもお世話になっております。元現地駐在員の石出恵です。

現在、法政大学5年生。あの激動の7か月を糧に、就活に勉強にアルバイトにと1年前の日常生活に戻りました。

本日は、今まであまり触れてこなかった、小学校教師を目指す現地駐在員地下さんが1年間の休学という道を選んだ決意の裏側をインタビュー形式でご紹介します!

教師を目指す人、休学しようか迷っている人、国際協力を始めようとしている人、そんな人に読んでほしい記事になっています!

教育にのめり込んだ4年間。

ー鹿児島大学の教育学部に通っていた地下さんは、どんな大学生活を送っていたのですか。

「将来は小学校教師になりたい。」

自分にはこの強い夢があったので、それにつながることを何でもやりました。

力を入れていた集団塾のアルバイトでは、小学生から中学生に英語を教えていました。

それまでは英語に特に興味はなかったんですけど、力不足で辞めさせられてしまって。

それが悔しくて、英会話を始めて、大学2年次にはハワイへ語学留学にも行きました。

そこで出会った留学生やフォストファミリーは僕にはない価値観を持っていました。

(ハワイ留学で出会った留学生たちと。)

「自分の国では3人に1人が留学をしている。」

「1度きりの人生だから、若い時には多くの人に出会い、多くの価値観に触れて、視野を広げると今後の人生に大きくプラスに関わってくるよ。」

この2つの言葉が特に印象に残っていて、もっと海外に長くいたいなと思いました。

 

そこから海外に興味を持って、ある日、「カンボジアで日本語教師」というポスターを見つけて。

小学校の教科書には、NGOやNPO、青年海外協力隊で活躍する人たちの姿、平和についての学習内容があるんです。

そのときふと、「僕は果たして日本にいる子どもたちに国際協力の話ができるのかな?」って思って。