【ある住み込みスタッフの例】信頼関係があるからこそできる「指導」と「叱る」ことの難しさ




お世話になっております。長期インターン中の勝間田です。

最近は住み込みスタッフとの関わり方を考える機会が多くなっています。

今日はある住み込みスタッフへの指導を行いました。

住み込みスタッフとは、カンボジア人として、スクールで英語や日本語を学んだり、生活の手伝いをしたりしながら、授業もします。

彼の業務として、11:30から当日の授業の打ち合わせ、13:00から日本語の授業、15:30から日本語の勉強をするという1日の流れになっています。

最近は少し変則的な日程の日もあり、17時から日本語の授業がある日もあります。今日の話に戻ります。

13時に生徒が集まらなかったため、彼の授業がなくなりました。

これで、彼のするべきことは15:30からの勉強と17:00からの授業になりました。

しかし…まあいろいろあり、自分の予定を知りながらも、勉強と授業をしなかった、することができませんでした。

授業自体は、インターン生やもう一人の住み込みスタッフでまわすことができ、スクールとしては問題なかったのですが、彼の行動に対して指導をすることにしました。

日本で教員だったころ、生徒指導というのはほぼ毎日のようにする機会がありました。

大きなことから小さなことまでたくさんありましたが、とても難しいことに変わりはありませんでした。

その場の感情で叱っても意味がなく、どのような言葉をどのように投げかけ、その子に何を考えさせ、どう成長させなければいけないかを頭の中で考えます。

また、単発的に終わるのではなく、長い目で見ていかなければなりません。

人と人の関わりだから、その子との関係が良いものでないとさらに意味はないと思っています。

嫌いな人から指導されても耳を傾けずらいのは大人も一緒です。

自分が好きと思えたり、尊敬できたりする人から指導されるから、そこに愛情を感じて、自分の中で理解しようと葛藤することができるのだというのが、私の持論です。

彼の指導をするのに、どう話を進めようか考えました。

現在、インターン生で男女がいるので、うまく役割も分けたいと思いました。

2人で言い続けても意味ありません。

何よりかわいそうですし。

指導のポイントは2つ。

1つ目は 勉強や授業があることをわかっていて、できない状態になってしまったことは悪いということを彼が分かること。

2つ目は、勉強と授業をできなくなったのは何故か、理由を彼が正直に私たちに話すこと。

長い沈黙はありましたが、彼自ら、私たちに話すことができました。

今回の件は解決しましたが、そもそも、行動には理由があるとおもいます。

彼や生徒たちがなんでその行動をするのか、してしまったのかを常に考えて、見ててあげないといけません。

悩みがあったり、悲しかったりするなら、そこを汲み取ってあげないといけません。そうやって関わり合って、支え合っていかないといけないと思っています。

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