「カンボジア人は優しい」のかそれとも日本人みたいなもんなのか




こんにちは。CBB現地代表高橋です。

日々カンボジア人と関わっていると色々日本ではあり得ないことに遭遇します。

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ナイフで謎の黒いフルーツ食べてて色々意味分からなかったり。

また日本ではあり得ない場面で予想外の反感を買います。

キーワードは「シェア」。物や金、出来事をどこまで共有するかということ。

 

現地コーディネーターとの会話

先日クリスマスパーティを行った際、600個のパンを買ったものの50個ほどなぜか余りました。僕は特に気付かず、プノンペンに帰ってその後みんなでおいしく頂きました。

後日現地コーディネーターと「チャリ100台×マイクロファイナンス」プロジェクトの話を詰めていたら

「最近〇〇と〇〇と距離を感じないか?」と聞かれます。

「?????????」本当にノーアイディア。何のことか一切分かりません。

そしたらコーディネーターが理由は「パンをシェアしなかったことだ」

「ぇぇっぇぇ…???????」更に頭にはてなしか浮かばない僕。

見かねてコーディネーターが事情を説明してくれました。

「カンボジアではイベントが終わって何か余ったらみんなでシェアするんだよ」

「なるほど…それは知らなかった…でもそれなら彼らから言ってくれればいいでしょ?」

「(笑)いやカンボジア人は頼まないんだ。ひたすら待つ。」

「(…笑)そしたら僕はどうすればいいの…」

「だからもっとカンボジア人のことを知らないといけないよね!」

という会話の流れでした。

 

カンボジア人は親切?

よくカンボジア人は優しいといろんな外人がいい残していきます。日本人も非常に多くの人がそのイメージをもってるでしょう。

これは「シェア」するからなんですよね。果物でも食べ物でもその場にいる人たちにシェアする。お金もみんなで稼ぎをあげればその場にいる人で分け合う。何か残ればシェアするのは暗黙の了解。シェアというより「みんなのものは自分のもの」というジャイアンに近いものを僕は感じる。しかし厄介なことに暗黙の了解ゆえ誰も教えてくれない。

「カンボジア人は頼まない」これがまた大きな問題で、今まで何回か「不満があるのにそれを言わない」「言わないで不満が爆発する頃にはもう手遅れ」という場面に遭遇してきた。カンボジア人は本当に「現状を変える」とか「お願いする」ってことをしない。自分は現状を変えられないんだっていう一種の諦めのようなものを感じる。そこに不満がくすぶるから本当に厄介だ。つまり、不満があっても親切に接してくる。

でもあれ、これ日本人と同じだ。表で不満を言わないで裏でぐちぐち。現状を変えることに諦めを覚えてて。

※これらはあくまで僕が遭遇した一例なので、日本人は~と1つの民族を一つに括れないように、カンボジア人もこういう人ばかりではないのでご容赦ください。

 

まとめ

カンボジア人はイベントや行事のあとはみんなでシェアするそうです。不満があってもその場では親切にしてくれます。表面から僕ら日本人が見える世界はホントに一部のようです。ただ日本人と似てる気もします。

こうやって現地人と摩擦を起こし、失敗して反感を買いながら、付き合い方を覚えていくんでしょうね。日本人はほぼ単一民族で「常識」なんていう奇跡的な言葉があるくらい、みんなが自分と同じだと思ってる国民です。

セカ就やほか日系企業進出で多くの日本人がこれから東南アジアはじめ世界に出ていくでしょう。現地人感覚を理解すること。仕事をする上で間違いなく必要な要素です。お金で測るのは難しいかもしれませんが、現地人を理解すること=現地人と距離が縮まることは間違いなくあなた自身及び会社の利益になると思います。「あり得ない」ことばかりですが、グローバル人材って「目の前の1人の人間を理解しようとする人」なんだと思いました。

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