コンポンチャム州の由来に、お札の日本国旗?




国際協力NGO CBBインターンの地下です。

カンボジアに到着して39日目になりました。

カンボジアに到着して3日目にソムナンに出会い、日本語でカンボジアの歴史について沢山話をしました。

彼は私に「カンボジアの歴史について知りたいですか?」と尋ねてきました。

私が「はい、学びたいです」というと彼は、2週間後の日曜日に「私が案内します」と言ってくれました。

彼は本当に勉強家で、さらに「自分が学んだことを多くの人にシェアしたい」といつも言います。

毎日、学校で勉強を教え、さらに日曜も教会でシェアしたり、日曜日は自身が都市部のセミナーに参加したりと大忙しです。

なかなか時間が合わず、今日やっと念願の村ツアーに連れて行ってくれることになりました。

ソムナンは本当に国際人です。

自分の国の歴史について自ら勉強します。

そして、日本人が来ると彼は案内してくれます。

今日は彼に多くの歴史を学びました。

彼に学んだ衝撃のベスト3を紹介します。

・第3位 コンポンチャムの名前の由来

私は、今コンポンチャム州のバティエイ地区に住んでいます。

コンポンチャムには大きな川があります。

人々は川の岸から岸に渡るまでに船を待たなければなりません。

その名残でコンポンチャムという名前がつきました。

クメール語を勉強している人は分かると思いますが、コンポンチャムの「コンポング」は「~している」を意味し、「チャム」は「待つ」を意味します。

「コンポンチャム」は「待っている」を意味し、船を待っている人々から名前が付けられました。

日本でも自分の住んでいる町の名前には必ず由来があると思います。

外国人にふと尋ねられた時に答えられるとお互いハッピーになれますね。

・第2位 ポルポトの歴史

カンボジアの歴史で忘れてはならないのは「ポルポト」の歴史です。

私たちが住むバティエイ地区でも多くの人々が殺されました。

人々は「バティエイ山」に呼ばれ、集められ沢山殺されました。

なぜ人々は殺される場所に行ったのか。

人々は「綺麗な服をあげますよ」「お金をあげますよ」その言葉につられて行きました。

しかし、行った人々が帰ってくることは決してありませんでした。

噂は広がらなかったのか。

この時代はラジオもテレビも無かったので、他国にはもちろん、村でも今カンボジアで何が起きているのかを知るものはいませんでした。

二度と繰り返さないよう、カンボジアの学校でも中学生以上にポルポトの歴史を教えているようです。

・第1位 カンボジアのお札に日本の国旗

私はカンボジアに3度目の滞在になるのですが、まさかカンボジアのお金に日本の国旗がのっているとは思いませんでした。

カンボジアには多くの日本のスポンサーがいます。

そして、日本の企業や団体が橋や学校を建てます。

ここでお札に何が書かれているのかを紹介します。

お札には「橋」が書かれています。

橋の名前は「絆」です。

日本のスポンサーが建設し、お札にも載っていることは、同じ日本人としてとても嬉しく思いました。

ここに書いたもの以外にも、多くの歴史をソムナンに教えてもらいました。

地元のことに加えてソムナンはカンボジアの政治、日本の歴史まで興味を持っています。

ソムナンから学ぶことが沢山あります。

今日に備えて、日本語の名前を紙にメモしている姿にも感銘を受けました。

外国人をもてなすソムナン、自国を大切に思うソムナン。

本当に尊敬します。

ありがとう。

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