カンボジアの歴史、ポルポト政権② 〜キリングフィールドに行ってみた〜  




こんにちは。インターン生の後藤志織です。

先日、カンボジアの首都、プノンペンにあるキリングフィールドに行ってきました。

カンボジアには、多くの市民が殺された場所、キリングフィールドが、200ヶ所以上あるそうです。このプノンペンのキリングフィールドは、中でも大規模なもので、大きな慰霊碑も建っています。

このプノンペンのキリングフィールドで殺された人々は、トゥールスレン博物館、別名S-21から、キリングフィールドに目隠しをされてトラックで連れてこられたそうです。

私も、トゥールスレン博物館からここのキリングフィールドにトゥクトゥクで来たので、同じ道を通って来たのかと思うと、とても辛かったです。

キリングフィールド、第一印象は、何もない。という印象でした。

大きな敷地内に、道と説明板が立っているだけです。このキリングフィールドに建っていた全ての施設は、ポルポト政権崩壊後に、怒り狂った近所の住民が全て破壊したので、現在は何も残っていないそうです。

ヘッドホンで音声ガイドを聞きながら、ここのキリングフィールドで何が起こったかを聞き、周りの空気を感じて、回りました。

実際にここで起こっていたことが壮絶すぎて、正直、今自分の目の前に広がっている風景からは想像がつかず、なんだか音声ガイドが言っている事が信じられませんでした。

このキリングフィールドで人々を殺す時は、銃弾は高いので使わず、斧や鎌などの身近な農業に使う道具で殺したそうです。

そして、女の人も子供も関係なく殺されました。母親の目の前で、まだ小さい子を、木に頭をぶつけて殺したりもしたそうです。

なぜそんな小さな子まで殺したのか?

ポルポトは、”雑草を引き抜くなら、根っこも全ての引き抜け”という考え方をもっていました。

つまり、家族全員を殺してしまえということ、子供が大人になった時の家族を殺された復讐を恐れて、子供も殺していたということです。

また、泣き叫ぶ人々の声をかき消すために、マジックツリーから大きな音楽を流したりもしていました。周りの住民からここで何が起こっているのかを知られないためにです。

まだ、土の上には、殺された人達の服や骨が落ちていたりします。それだけ多くの人が殺されたということです。

最後に大きな慰霊の塔の前にお花をお供えしてきました。この大きな慰霊の塔には、ここで殺された人々の骨が置いてあります。

下から上まで、たくさんの骨で埋めつくされています。もう言葉が何も出なかったです。骨の状態から、性別や年齢、どのような外傷があったか、という風に分類がされていました。

真実を自分で確かめて

ここ、キリングフィールドでの話は、正直、怖いし、悲しいし、聞きたくないと思ってじまうような話もありました。でも、実際に過去に信じられないようなひどいことが起こっていて、殺されていた人達がいます。

殺された人達のためにも、何がこのキリングフィールドで起こっていたのか、知ることは必要だと感じました。

ネットや本からも情報は得ることができますが、実際にその場所へ行って、五感で感じることで、より本当にこの場所で昔起こっていたことなのだと自分の現実世界とシンクロさせて考えることができました。

キリングフィールドに行ってよかったです。

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