カンボジア人が考える貧しさは日本人のそれとは違うのか / 目に見える”貧困”とは




こんにちは、隈崎です。

今回は貧困問題について自分なりに感じたことをお伝えしたいと思います。

衣食住

私が現在働いているコンポンチャムの地域は、確かに日本と比べると“貧しい”に当てはまるのかもしれません。

しかし彼らには着る服も、食べ物も、住む場所もちゃんとあります。

私たちが貧しいと思う環境でも彼らにとってはそれが“当たり前”であって、私たちが思うほど自分たちのことを貧しいとは思っていないと感じました。

世界にはまだ、衣食住もままならない人が沢山います。

だからと言って、コンポンチャムに住む彼らが貧しくないとは正直言いきれません。

ではどんな違いがそう思わせるのか、何が足りないと感じるのか、、

貧しさとは

私たちから見たカンボジアは貧しいのかもしれませんが、私たちが想像できないくらいの資産を持ち、暮らす人にとっては私たちも“貧しい”の分類に入る可能性を持っています。

では、その貧しいの基準は何なのでしょうか。

衣食住があることは最低限守られるべきものだと思いますが、私が思う貧困の一つの基準は衛生環境の低さだと思います。

衛生環境

コンポンチャムの村での生活を通して、言葉は悪いですが、汚いと思う虫たちの糞や死骸、穴の開いた蚊帳、蜘蛛の巣、道に捨てられたごみ、誰の家のものでもなく徘徊する野良犬、市場で魚や肉が冷やされるわけでもなくそのまま売られているなど、このようなものに目をすると、衛生環境が悪いなと感じます。

しかしそういうものを解決するのはどうしても後回しになって、まず医療、教育、交通などを整えていって、徐々に衛生環境も良くなっていくのかなと思いました。

貧困についてと思いこの記事を書き始めましたが、これはただの一面であって、まだまだ考える余地があると思うので、これからの記事で思いついたときはまたお伝えしたいと思います。

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